福祉のあれこれ

恩師・小松源助先生のこと

2016.9.24(小松先生の命日に)

 ホームページを開設するにあたって、まず小松源助先生のことを書こうと思う。先生が他界されて10年が経とうとしている。

 小松源助先生は昭和2年生まれ、日本社会事業大学名誉教授、日本にケースワークを導入するうえで先駆的役割を果たされた方である。戦後の社会福祉の礎を築き、ソーシャルワーク実践理論の研究を開拓され続けてきた方でもある。

 リッチモンドのケースワーク、機能派ケースワーク、危機介入、課題中心モデル、エンパワメント、ストレングズ・モデルなど、小松先生はいち早く体系的に紹介され、日本での発展について論考された。先生の多くの著作や翻訳書を通して、現在私たちはこうしたソーシャルワークの理論や実践モデルを容易に学ぶことができる。先生のご尽力がなければ、私たちはもっと回り道をしなければならなかったであろう。

 小松先生との出会いは、私が30代半ばで公務員の仕事を辞め、新たにソーシャルワークを学ぼうと日本社会事業学校(夜間の専修科、現在は専門職大学院等に改組)の門をたたいたときのことである。先生は社会事業学校のケースワークを担当されていた。確か月曜日の1限だったと思うが、授業の開始時刻より早めに教室に入られるのが常で、教壇で立ったまま背筋を伸ばして90分間たっぷり講義されていた。そのケースワークの内容は、定義、発展経緯、過程、記録の取り方といった基礎的なことから多問題家族の事例検討、アメリカのソーシャルワークの動向など、勉学の意欲をかきたてられる中身の濃いものだった。この授業ノートは大切に取ってあり、後年先生にそのことを話すと、先生は「役に立っているのかなあ」と一言… いつも謙虚な方だった。

 日本社会事業学校を卒業後、私はアメリカ・ウィスコンシン州立大学の大学院に留学したのだが、ちょうど小松先生の特別研修の時期と重なり、先生は私の留学先を訪ねてくださった。ウィスコンシン大学院の国際交流担当者が、小松先生ためにソーシャルワークの研究者や実務家、福祉の現場などさまざま訪問先をアレンジしてくれ、私はそうした訪問にご一緒するという貴重な機会を得た。先生はカメラご持参で、要所で自らシャッターを切られ、訪問先ではいつも通り、にこやかに会話を交わされていた。

 そのときの訪問先の1つがファミリーサービスという家庭福祉機関で、小松先生から「ファミリーサービスはケースワークの発祥となった機関だから、ぜひここで現場実習をさせてもらいなさい」と言われた。まだ大学院の最初の学期が始まって間もない頃で暗中模索だったが、その後1年半にわたってファミリーサービスへ実習生として通い、いわゆる多問題家族と呼ばれる接近困難なケースに対する先進的なソーシャルワーク・プロジェクトにかかわることができた。先生の一言で、アメリカでの研究の方向性が定まったことになる。

 留学を終え帰国した後も、小松先生のご指導を受け、私は四国の小さな女子大の社会福祉学部で教鞭を執るようになった。また先生の勧めで『課題中心ソーシャルワーク』の翻訳を手伝ったことがきっかけで、課題中心モデルの斬新さに目覚め、この実践モデルについて博士論文をまとめることができた。

 晩年小松先生は、英語のソーシャルワーク文献を読み込んで議論する勉強会を開くことを構想されていた。勉強会の呼称について「克己塾」にするか「共励塾」にするか迷っておられたが、「共励塾」を選ばれた。共に学ぶ姿勢を貫かれた先生のお人柄がよく表れていると思う。最期まで研究意欲は衰えることがなく、他界された年の研究テーマは「トールが晩年に残したソーシャルワークへの貢献―いかに継承・発展させ21世紀の課題につなげるか、ストレングズを共にする実践との関連について」であった。

 人は誰しも自分の人生を決定づけるような出会いを経験すると思う。私にとって、それは小松源助先生との出会いであった。以下に、先生の文献の中でも、若い人たちに読んでほしいものを挙げる。ぜひ、こうしたソーシャルワークの基本文献(古典)に触れ、自分の学びを深めてほしい。

※シャルロット・トール(Charlotte Towle 1896-1966)ソーシャルワーク研究者、『Common Human Needs』の著者

小松源助他著(1979)『リッチモンド ソーシャル・ケース・ワーク:『社会的診断論』を中心に』有斐閣(有斐閣新書 ; 古典入門)

小松源助著(1993)『ソーシャルワーク理論の歴史と展開:先駆者に辿るその発達史』川島書店

メアリー・E・リッチモンド著,小松源助訳(1991)『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』中央法規出版

H・M・バートレット著,小松源助訳(2009)『社会福祉実践の共通基盤』ミネルヴァ書房(ミネルヴァ・アーカイブズ)

L.M. グティエーレス,R.J. パーソンズ,E.O. コックス編著,小松源助監訳(2000)『ソーシャルワーク実践におけるエンパワーメント:その理論と実際の論考集』相川書房

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