福祉のあれこれ

犬養道子さんの想い出

2017.8.8

 さる7月24日犬養道子さん逝去との報道が流れた。享年 96歳。犬養道子さんといえば、作家、評論家といった肩書を超えて世界を飛び回っていた女性だ。私より上の世代の人たちにとって、グローバルに活躍する先駆けの憧れの女性だった。

 幸いなことに、私は犬養さんと職場でご一緒するという機会に恵まれた。時は1997年から99年にかけて、場所は愛媛の小さな女子大学(現・カタリナ大学)。当時、海と山に囲まれた地方の大学(社会福祉学部のみの単科大学)に犬養さんがしばらく滞在し教鞭を執って下さるということで、地元では大ニュースだった。私もお目にかかるのを興奮して待っていた。

 実際にキャンパンスに現れた犬養さんは、とても小柄で気さくだった。歯切れのよいしゃべり方、ぱっと畳み掛けるような物言い、ゆったりした伊予弁を話す地域の人たちは戸惑ったに違いない。でも、高所から物を言うような感じはまるでなく、いつも好奇心旺盛で、学生にはもちろん教職員にも気軽に声をかけて下さる方だった。

 「若い人、大好き」とおっしゃって、ご自分からどんどん学生の輪に入っていかれた。当時犬養さんは70代後半だったが、何事も自分からイニシアチブをとっておられた。学生をフィリンピンやボスニアにボランティア活動で送り出したこと、大学のある市内在住の外国人を招いて親睦パーティを開いたこと、カトリック松山教会の日曜ミサではいつも最前列に座り、共同祈願を進んで唱えていたこと‥などなど、犬養さんの伊予での想い出は尽きない。

 大学の講義では「なぜ、人を助けなければならないのか」をテーマに、非常に幅広い観点から、そして根源的な意味から説いてくださった。講義は学生のみならず、教職員や地域の人たちも参加することができた。教壇には大きな世界地図を貼り、世界情勢、歴史から縦横に論じられた。博識で語学堪能であるがゆえに、話題が飛ぶ。またアフリカや東欧の紛争地・極限地帯を自分の足で歩いてきたからこその、リアリストとしての視点もあった。小柄な犬養さんが実に大きく見えたのを思い出す。

 人を支援するには思想がなくてはならない、また自分以外の美しいものよいものを味わって自分を育てること、自分をとりまく世界を深く大きくすることが大切といった話も印象に残っている。

 犬養さんは、まだ自分を必要としているところがあるからと言い残して、伊予の地を後にされた。大学のお別れの席で、犬養さんは私の姿を見つけると「あなたはとてもよいお授業をなさるそうね‥」と声をかけて下さった。びっくりするとともにうれしかった。そして、どうして私の授業の様子をご存じなのだろう、と不思議にも思った。

 今思い返すと、まだ若くて頼りなげな教員の私に向かって、犬養さんは「よい授業をしていくのよ」という意味を込めて口にされたのではないだろうか。犬養さんのお気持ちは大変有難く、その言葉を励みに、今日も教壇に立っている。

※犬養さんの著書は沢山あるが、この大学での講義録等を納めた『あなたに今できること―犬養道子、若き女性に語る』(中央公論新社 2001年)がお勧め‥‥ この本に出てくるO先生とは私のことです。

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