福祉のあれこれ

コロナ禍における A New Horizon

2020.11.07

 リタイア、定年と聞いてもどこか他人事でまだまだ先のことと思っていたが、いつの間にか65歳。2020年3月末で定年退職を迎えた。退職間際は忙しくなるはずが、新型コロナ感染症の影響で定年にまつわるセレモニー的なことは一切取りやめとなり、学生や卒業生にきちんと挨拶することもかなわず、静かな出発となった。

 もっとも今年、人生における節目が予想と大きく異なってしまった人は、私だけでなくかなりの数に上ることだろう。このホームページのコラムを更新するのも久しぶりとなってしまったが、コロナ禍での生活を振り返っておきたい。

 日本でコロナ感染症の心配が現実のものになったのが1月。クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染の報道が続く中、2月末から1週間ほどカナダとアメリカへの研究出張を決行した。成田空港はガラガラで飛行機も空席が目立った。マスクをして用心深く出発したものの、両国でマスクをしている人はゼロ。行く先々で「トウキョウはだいじょうぶ?」と聞かれたが、COVID-19は対岸の火事という感じだった。

 3月初旬に帰国すると、学校は一斉に臨時休校、街中ではマスクが入手困難となっていた。トイレットペーパーの品薄情報も流れ、人々の顔が険しくなり始めた。4月には東京に緊急事態宣言が出て「巣ごもり」の日々が始まった。非常勤の仕事もすべて休みとなったので、私は4月から5月にかけて自宅の片づけに専念した。

 何しろ、不用不急の外出は自粛、家に閉じこもっていなくてはならない、時間はたっぷりあるとくれば、家の大掃除、断捨離に励んだ人が多かったのではないか。私もその一人、父亡きあと手付かずのままだった部屋を徹底的に片づけ、リフォームまでした。父の仕事場だった部屋は10畳ほどで収納場所が多く、あきれるほどモノが押し込まれていた。ゴミ収集日に合わせて70リットルのゴミ袋をいくつ出したことだろう。

 沢山のモノの中から、私にとっての「宝物」もあった。両親の若いころの写真や手書きのメモ、そして私の小学校や中高時代のノートなど。なかでも父が22歳のときの出征先での写真は、はじめて見るものだった。軍靴をはいた父は微笑んでいて、写真の裏には「いつでもこういう風に元氣です」いう文字。自分の母親に心配をかけまいと記したものだろう。ほんとうに若くあどけなさの残る顔―こうした青年たちの青春、一番よい時期を奪った戦争とは何だったのか。戦後75年の今年、こんな写真を手にすることができたのも何かの巡り合わせかもしれない。

 私自身の思い出の品としては小学1・2年時の夏休み絵日記があった。父が取っておいてくれたのか、きれいに残されていたのにはびっくり。クレヨンで力いっぱい描かれた絵と幼い文字、はちきれんばかりの楽しさで満ちていた。およそ60年ぶりの絵日記との再会は、夏休みを思い出多いものにと心を砕いてくれた両親のことを想う時間ともなった。

 5月末には緊急事態宣言が解除、6月からは法務省での非常勤の仕事も細々再開した。真っ白だった手帳にも予定が入るようになった。霞が関に通勤する日が始まったが、地下鉄丸ノ内線は驚くほど空いていた。多くの会社がリモートワークなのだろうか。7月に入っても都心は静かだった。

 8月に入ってWeb会議システムによる集中講義を実施した。上智大学では5月からリモート授業が始まっていたが、私担当の授業は夏の集中講義とした。3日間で10回分の授業、噂通り教員側の準備は大変で通常授業の3、4倍くらいの時間をかけたように思う。ネットを通して久しぶりに見る学生たちの顔は、教員スイッチを入れてくれた。2日目に急な真夏の暑さで私がダウンしてしまうというハプニングもあったが、何とか集中講義を終えた。

 9~10月は、10月16日に開催する全国被害者支援ネットワーク主催のフォーラム2020の準備に追われた。このフォーラムは、犯罪被害者の置かれている現状と支援の必要性を広報啓発するため毎年開催され、今年で25回目だった。今回は、何といってもコロナ感染症の流行状況が心配、直前の中止もあり得るというなかでの準備作業だった。テーマは「被害少年に対する支援」、私は第2部のパネルディスカッションのコーディネーターを担当した。パネリストとはオンラインで意見交換し段取りを調整した。当日は会場の座席数を30%に制限し、入場できない人のためにYouTube限定ライブ配信を行い、無事に開催し終了することができた。こうしたフォーラムを継続して開催することの意味は大きく、私自身学ぶことの多い経験だった。

 9月末から秋学期がスタート、上智大学は早々に秋学期もリモート授業とすることを決定していた。学生たち、とくに新入生はどんな心境だろう。四谷キャンパスに1度も足を踏み入れたことのない学生がいるかと思うと、やはり気がかりである。私はこの秋学期3科目を担当し、受講生が100名以上の科目もあるが、試行錯誤しつつオンライン授業を続けている。通学にかかる時間ゼロ、チャット機能を使って即コメントできる便利さなどメリットを指摘する声もあるが、私には学生たちとリアルにやり取りできる双方向性の授業の方が好ましい。対面授業が教育本来の在り方だと思っているが、秋学期が終わるころにはまた別の見方になっているのだろうか。

 10月に入りコロナ感染症対策にも慣れ、週末など街中の混雑も見られるようになった。しかし、東京でのコロナ感染者数は一向に減る気配はなく、10月末日時点で国内の累計感染者数は10万1,448人。世界的にはとくにアメリカでは980万人を超えており、ヨーロッパでも再び感染が拡大しているようだ。2020年の始まりに、「new normal/新しい生活様式」といったことが強いられるようになるとだれが予想しただろう。

 このコラムのタイトルはNew Horizonとしたが、退職後の私にとって視界不良のまま、くっきりした地平線が見えてくるのはまだまだ時間がかかりそうである。

 なお、定年退職にまつわる思いをまとめた拙稿が『上智大学社会福祉研究44号』に掲載されている。
お時間のあるときに目を通していただければ幸いです。

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